X線で見る宇宙 (1)
肉眼で夜空を眺めると惑星、恒星、星団、そして、運が良ければ天の川を見ることができます。 望遠鏡を使えば、月の表面を詳細に分解し、他の惑星の衛星を検出し、星雲や星団、遠方の銀河を調査することができるなど、より詳細に精密に宇宙の神秘を探る事ができます。
しかし、目で見える可視光は電磁波スペクトルのごく一部です。 より多くの情報を得るためには、すなわち天文現象の包括的に理解するためには、多波長での観測が重要です。 電磁波スペクトルの広範囲をカバーするために、NASAは1990年から2003年の間に、コンプトンガンマ線観測衛星(ガンマ線)、チャンドラX線観測衛星(X線)、ハッブル宇宙望遠鏡(紫外線および可視光)、スピッツァ宇宙望遠鏡(赤外線)といった、一連のGreat Observatoriesを打ち上げました。
今回は、2024年、打ち上げから25周年を迎えたチャンドラX線観測衛星(以下、チャンドラ)の偉業を讃えるため、そのX線による観測の成果を紹介します。
チャンドラの最も特徴的な点は、シャープで詳細なX線画像を描き出すことができる、0.5秒角の空間分解能にあります。 前身のROSAT衛星の空間分解能が約5秒角でしたので、約10倍詳細な画像を撮影することができます。 ハッブル宇宙望遠鏡の0.1秒角には及びませんが、可視光や赤外線に比べて捉えることが難しいX線の画像としては非常にインパクトがあります。
この高分解能は、X線を焦点に導くための入れ子状のミラーからなるユニークな光学系によって実現されました。 また、前例のない高分解能に加えて、高感度、大口径ミラー、先進的な分光系などが相まって、革新的な観測機器が作り上げられました。
超巨大ブラックホール連星 NGC 6240
ブラックホールは、チャンドラの素晴らしい空間分解能が最も威力を発揮する、重要な観測ターゲットのひとつです。 四半世紀に渡って、チャンドラは、遠方から近傍、超巨大なものから小型のものまで、様々なブラックホールの美しい画像を描きだしてきました。
X線による観測は、遠方銀河の中心にある成長中のブラックホールを特定するのに唯一無二の力を発揮します。 ブラックホールが成長する際、周囲のガス円盤より物質をかき集め、それがX線を放射するほどの高温に達します。 チャンドラだけがその光を捉えられるわけではありませんが、最もシャープなX線画像を描くことができます。 円盤そのものは分解することは難しいですが、ブラックホールと銀河本体や他のX線源とを区別することができるのです。
Figure 1: NGC 6240: 合体する渦巻銀河。ハッブル宇宙望遠鏡による可視光の画像に、チャンドラのX線画像(紫)を重ねたもの。 (X線 (NASA/CXC/SAO/E.Nardini et al); 可視光 (NASA/STScI))
20年以上前、チャンドラは星形成が活発な銀河NGC6240の中心部に、一つではなく二つの超巨大ブラックホールを発見しました。 ブラックホール間の距離は約3000光年で、互いに公転しています。 その間隔は徐々に狭まっており、数千万年のうちに合体する見込みです。 合体時には、強力な電磁波と低周波の重力波が放射されるでしょう。
この最初の発見をきっかけに、その後の多波長による観測によって、多くの同様な超巨大ブラックホール連星が発見されました。 このことは、超巨大ブラックホールが合体によって成長しうるということだけでなく、現在進行形で合体しつつあるブラックホール連星が存在しているという事実を示しています。 合体によって発せられる重力波は、今後10年の間に打ち上げられる、Laser Interferometer Space Antenna (LISA)で観測できるでしょう。
矮小銀河に存在するブラックホール Henize 2-10
Figure 2: X線、可視光、電波による爆発的な星形成を起こしている矮小銀河Henize 2-10の画像。ハッブル宇宙望遠鏡による可視光の画像に、チャンドラによるX線画像(紫)とVLA(Very Large Array)による電波画像(黄)を重ねている。銀河の中心にあるコンパクトなX線源が電波源と一致していることから、活発に成長しつつある太陽の100万倍程度の質量を持つブラックホールの存在が示唆されている。(X線 (NASA/CXC/Virginia/A.Reines et al); 電波 (NRAO/AUI/NSF); 可視光 (NASA/STScI))
ほぼ全ての巨大銀河(天の川銀河を含む)は、その中心に超巨大ブラックホールを保持しています。 しかし、もっと小さな銀河にブラックホールが存在するか否かは、矮小銀河 Henize 2-10のチャンドラによる観測結果が発表された2011年まで不明でした。 この小さな銀河では驚異的な勢いで星形成が行われており、すでに太陽の100万倍程度の質量を持つブラックホールが存在しています。 Henize 2-10は初期宇宙の銀河に類似していると考えられているため、この発見は、原始銀河が十分に成長する前にすでに大きなサイズに成長した超巨大ブラックホールを保持しているということを示しています。
X線で検出された最も遠方のブラックホール UHZ1
Figure 3: UHZ1のX線(紫)、および、赤外線(RGB)画像。チャンドラとJWSTによって検出された、X線で検出された、これまでで最も遠方のブラックホール。(X線: NASA/CXC/SAO/Ákos Bogdán; 赤外線: NASA/ESA/CSA/STScI; 画像処理: NASA/CXC/SAO/L. Frattare & K. Arcand)
近傍の矮小銀河は初期宇宙の若い銀河に類似していますが、銀河とブラックホールの形成を確実に理解するためには、若い銀河そのものを探査する必要があります。 そのような銀河の検出は、近年、James Webb Space Telescope(JWST)の打ち上げによって可能となりました。 果たして、それらの若い銀河に超巨大ブラックホールが存在しているでしょうか? チャンドラの観測によって、その存在が明らかになってきました。
JWSTが検出した若い銀河に対して、銀河中心の成長するブラックホールの探査がチャンドラによって行われました。 約半月に渡る観測によって、132億光年かなたのUHZ1と呼ばれる銀河からのX線の検出に成功しました。 これはUHZ1の中心に超巨大ブラックホールが存在していることを示しています。 ビッグバンからわずか4.7億年後(宇宙年齢のわずか3%のころ)には、このようなブラックホールが存在していたのです。
驚いたことに、このブラックホールの質量(数千万太陽質量)は、すでに銀河そのものの星の総質量と同程度でした。 ブラックホールの質量が母銀河に匹敵するほどになるということは、その起源が宇宙初期に作られた星の収縮ではなく、巨大ガス雲の収縮によるものであることを示唆しています。
チャンドラによる成果の紹介は、まだまだ続きます!
参考文献
- NGC 6240: Colossal Hot Cloud Envelops Colliding Galaxies
- Henize 2-10: A Surprisingly Close Look at the Early Cosmos
- UHZ1: NASA Telescopes Discover Record-Breaking Black Hole
- 'Eye on the X-ray Sky' Sky and Telescope, 2024年7月